【エッセイ】イビキ。
19時20分。僕は今新幹線の中にいる。
仕事で東京から新神戸へと向かう車内だ。
新横浜を通過したあたりから、
それは、僕を襲った。
隣には僕と同い年ぐらいの男が座っている。
スーツ姿で髪をジェルで固め、
腕にしているアップルウォッチは少しオシャレにカスタマイズされている、
今時のサラリーマン風の男だ。
清潔感もあり、顔も悪くないし、所得もそれなりにありそうで、
「幸せ」の典型のパターンに見える。
普段新幹線に乗る際に、
隣の人を意識することはなかなかないが、
こんな夕方から酒臭く、
脚を広げこちらのエリアにまで侵食し、
態度も横柄な彼に、
僕は少しだけ嫌悪感を抱いた。
新横浜を過ぎたあたりから、
彼は「イビキ」をかきはじめた。
しかも、相当なボリュームだ。
リズム感も悪いし、音程も高く、
一番僕の聴覚に入り込んでくるパターンのいびきだった。
生理現象とはいえ、周りは迷惑そうだし、
僕はたまらずイヤフォンをして、大好きなキンプリや星野源の音楽を流してみるものの、
彼のイビキは、ちょうど何ヘルツかの奇跡で、
イヤフォンの隙間をかいくぐってこの音楽に参加してくるのだ。
まるで、この不快感は、
昔、お台場の大江戸温泉で体験した、ドクターフィッシュのようだと思った。
足の小指と薬指の間に強引に突入してくるあの気の狂った小魚のように、
僕の抵抗も、全て無駄にし、不快感のみを与えるのだ。
あれは不快だったが、あれのほうが断然いい。
足の古い角質を食べてくれる副作用として、
若干の不快感があるだけなのだから、それは耐えることができる。
対して彼のイビキは、僕に何のメリットを与えた上での副作用なのだろうか。
とにかくこの状況を打破したい。
前に座ってる人も後ろに座ってる人も、
僕に全てを賭けてくれているのがオーラでびんびんに伝わってくる。
「よし、戦おう。」
と思った。
僕も呼吸器の専門家的だ。
イビキの主な原因は、「上気道」の狭窄にある。
彼の音を聞けば、軟口蓋が挙上しつつも、舌が下がっているという最悪の倍音を生み出すパターンだと僕には推測できる。
解決策は、まずは口呼吸をやめさせることにある。
とりあえず左の太ももで少し彼を刺激してみる。
一瞬、いびきは止まった。
周りの人たちの安堵感が伝わってくる。
いびきは浅い睡眠だからこそかくパターンもあるので、この一瞬の解決は、
特に意味を持たないことを僕は知っている。
そう案の定、、、
2分後には、
彼は再びイビキを再開した。
僕が刺激したせいでさらに彼の睡眠は浅くなり、
イビキはさらにパレードと化した。
僕には生まれ持った正義感がある。
これは母譲りだ。
「周りの人を助けるには、
自分の身は少し滅んでもいい」
というのが母の背中が教えてくれたことだ。
僕は何としても、彼にどう思われたとしても、
この車内のヒーローになるべきなのだ。
とにかく口呼吸をやめさせるには、
頚椎の角度が大切だと思った。
彼の首をカクンと落とせばいいのだ。
僕は、立ち上がった。
トイレに行くふりをして、彼をまたいだ。
1分後、戻ってみて、上に乗せたトランクの荷物をとるふりをして、
彼にヒップアタックをした。
僕の尻は上手く彼の肩にあたり、
彼の首は通路側へと落ちた。
「「敵将、討ち取ったり!!!」」
僕は昔やったゲームのセリフを心で叫んだ。
そして、彼のイビキは止まった。
この5号車國の民々よ、私に拍手喝采を送るがいい。
ここがエルサレムならばホサーナと叫ぶがいい!!
僕はやったのだ。
気がつけば三河安城を通過したと車内の画面に出ている。
実は、随分長いこと、
彼と僕たちは戦っていたのだ。
ようやく、、
安心してまたキンプリの新曲に耳を傾けると、
またその曲に何か「嫌な予感」がハーモニーとしてレコーディングされていた。
こんどは後ろのおばさんだ。
さっきよ彼のイビキよりも、
より爆音だ。
原付と、アドVぐらい違う。
もうだめだ。
不愉快なことは、運が悪ければいくらだって続く。
それは、どうあがいても対応できないこともある。
結果、不愉快なことが起きた時に、
自分がどのような感情の処理をするか、なのだ。
人のせいにしても何も始まらない。
人生とは本当に不思議だ。
人生とは忍耐だ。
イビキをポジティブに考えようとしても、
どうしてもポジティブにできない。
そして、結論、
「次は耳栓を持ってこよう。」
ということを心に決めた。
それしかもう感情の処理方法がないのだ。
あがいても不運は再び必ず起こる。
同じことが起きた時に、
二度とその苦しみを自分が感じない準備をしっかりとしておくこと。
すべて、自分の業で、
すべて、自分の責任なのだ。
それを感じることのみが、きっと、
人生をうまく過ごす攻略法なのである。
鳥山真翔
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